俗々・『地下室の手記』〜混沌が渦巻く浮遊の世界〜

ここに記されていることは空想家の「とりとめない妄想」でフィクションです・・・・・

幸福は内面的なものなのか?〜「幸福について」(金子光晴)

『じぶんというもの』(金子光晴

彼のこの本に「幸福について」がある。

金子光晴は最後に「しあわせはもっと内面的なもので、なかなか理屈通りにならないくせ者」とか記している。

そうかな、ちがうのでは? と思った。

金子光晴昭和3年に奥さんと、ヨーロッパ、中国、東南アジアを放浪できるお金持ちだ。

まず、「しあわせ」には最低限「お金」があること。これをいわないで、「内面的なもの」とか、ごまかしてはいけない。

カール・ブッセの「山のあなたの空遠く、さいわい住むと人のいふ」といふ詩を紹介して、「しあわせ」はなかった。これが伏線になり、、、最後は強引に精神的な幸福に持っていってる気がしました。

金子は詩人だから、まず「金」だとか、最低限の「幸福」の条件だとはいいたくなかったのか。

ちなみに、この「幸福について」は、「高一時代」掲載の高校生向けの随筆です。

「金至上主義」には現実に生きてゆけばわかるので、「この世は全部ゼニや」とか、いえん。。。詩人金子光晴は・・・さすがに・・・。

そう思いました。

蛭子能収さんの本を読むと、とにかく「お金」だ、貧乏だったから。

私の母も中卒の貧乏だったので、蛭子能収さんと同じことをいいます。