俗々・『地下室の手記』〜混沌が渦巻く浮遊の世界〜

ここに記されていることは空想家の「とりとめない妄想」でフィクションです・・・・・

富岡八幡宮殺人事件〜神は最初からいなかった〜

富岡八幡宮殺人事件。

「神はいない!」

この事件の衝撃。「この神社には悪魔がいる」。

もし神がいるなら、こんな陰惨な事件は起きるはずない。

神社は「聖」。俗世間と分離されて「神」が祀られている。だから意味があるのだ。

世俗的な人間が雑多な「業」に「悩み」「煩悶」「懊悩」し、それらを鎮めるために訪れる神社のはずが、、、、、。

血生臭い「悪業」の極み「殺人」で彩られた。

また、宮司も「呪詛」で人を殺めるほどの神的なパワーなど皆無に等しいことを示した。

その結果が刀殺。あくまで物理的な実力行使だった。

・・・・・私は今後神社には行かない気がする。以前から、神社は宮司一族の集金システムに思えてしかたなかった。たとえば賽銭箱。これは、宮司一族の私的な貯金箱だと思えてしかたなかったのだから。

神社の神様が祀られている場所を見ても、何も感じなかった。

・・・・このような見方をするのは天の邪鬼だと思っていたが、正しいのに確信してきた。

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