☆ちゃんぷるぅブログ☆

【戦争反対!!】・・・ちゃんぷるぅ・・・状態で・・・独断と偏見で・・・雑感・・・ニュース・・ジョーク・・・文章・・音楽など・・・気が向いたら何でも・・・とりとめもなく・・・文章を書いたり、動画を貼ったり・・・沈思黙考・・・暴走・・・妄想・・・幻想・・思ったこと感じたことを書いてるだけ・・・無知蒙昧・・誤謬だらけのブログ・・・★このブログは興味の方向に無節操に動くブログなので特定の政治、思想、宗教とは無関係〜ブログ主の気分により関心のベクトルの方向が180度変わったりします★【戦争反対!!】

よい文章が書ける人?〜味覚がある人!?〜よい料理人になるためには味覚があること、文章でも同様〜

たくさん本を読んでいる人は、いるが、必ずしもよい書き手になるわけでない。

文章を書くことも、遺伝。そういう記事を新書で読んだ。

そうかもしれない。

文章を書く力≒表現力≒読める文章≒プロになれる≒お金を取れる・・・・遺伝する。

私は、出版社にいて編集やったり、ライターでお金を稼いでいた。

編集者を志し、消えていった人を見た。

ライターを志し、消えていった人を見た。

彼はなぜ、ライターを志しても、消えていったのか? ふと思った。彼の文章は、何を書いてるか、わからなかった。

文章の最低限の要素が消えていた。

・読みやすい(リズムがいい)

・わかりやすい(読むと同時に、頭の中にスラスラと入る)

・文章がうまくつながっている(てにをはがあっている)

たったこれだけ。

それなのに、この最低限のラインがない文章が多い。現在は誰でも「ブログ」を書いてるから、とくにわかりやすい。

この「文章の最低限の条件」に、書き手独自の視点が入ると、生きた文章になる。

が、このことに気づかないのか? そういう文章があまりない。

気づかないというのは、文章を書くセンスがないのだと思う。

文章を味覚と同様にとらえる人が多い。味覚がないのだ。味覚がなければ、いい文章は書けない。

文章の書き手≒料理人といっても、いいのかもしれない。

よい料理人になるためには、味覚がなければならない。